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パックスマン・スカルプ・クーリングの作用機序【抗がん剤の脱毛予防】

2019年3月27日、「固形がんに対する薬物療法を受ける患者の脱毛抑制」を目的として使用する以下の医療機器が承認されました。

  • Paxman Scalp Cooling システム Orbis
  • Paxman Scalp Cooling キャップ

基本情報

販売名 Paxman Scalp Cooling システム Orbis
Paxman Scalp Cooling キャップ
一般的名称 冷却療法用器具及び装置
製造販売 センチュリーメディカル(株)
使用目的 本品は、患者の頭皮を冷却する装置であり、固形癌に対する薬物療法を受ける患者の脱毛抑制を目的に使用する。
使用方法 抗悪性腫瘍剤投与開始 30 分前から冷却を始め、投与中及び投与終了後 90 分以上まで冷却する。

「抗悪性腫瘍剤」=「抗がん剤」のこと

 

固形がんの薬物療法(抗がん剤治療)に伴う脱毛は患者さんのQOLを著しく損なう副作用の一つであり、有効な対処法・予防法等は確立されていませんでした。

 

木元 貴祥
欧米では脱毛の予防法として既に頭皮冷却法が使用されていましたが、国内では初の登場です!

 

今回は抗がん剤の副作用としての脱毛と、Paxman Scalp Cooling(パックスマン スカルプ クーリング)システム/キャップの作用機序等について紹介します。

 

抗がん剤による脱毛のメカニズム

固形がんの中でも特に乳がん治療で使用されるアントラサイクリン系やタキサン系の抗がん剤は高頻度で脱毛の副作用が発現することが知られています。

 

代表的なタキサン系抗がん剤(タキソールとタキソテール)については以下の記事をご覧ください。

 

上記薬剤を使用した際の脱毛が生じる頻度としては62~94%と非常に高率であるとされています。1)

 

木元 貴祥
脱毛による外見の変化は、患者さんにとって大きな精神的負担をもたらし、QOLの低下や治療意欲の減退を招いてしまいます・・・。

 

抗がん剤はがん細胞はもちろん、正常細胞で細胞分裂速度の速い細胞(例:毛髪の細胞、骨髄細胞、粘膜細胞、など)も攻撃してしまうことによって様々な副作用が発現します。

 

毛髪の細胞が障害されると脱毛、骨髄細胞が障害されると血球・好中球減少、粘膜細胞が障害されると口内炎・粘膜炎・下痢、等が生じます。

 

抗がん剤が毛細血管を通じて毛髪に到達すると、以下の作用によって脱毛が引き起こされると考えられています。2)

  1. 毛髪(毛母細胞)の細胞分裂が阻害され、毛球が委縮して抜けやすくなる
  2. 毛幹が細くなり貧弱になった部分がちぎれやすくなる

抗がん剤による脱毛の発現機序

 

用語解説

  • 毛母細胞:細胞分裂することで髪の毛をつくりだす元となる細胞
  • 毛球:髪の毛の根本の膨らんでいる部位のこと
  • 毛幹:皮膚の外に露出している髪の毛のこと

 

これまで抗がん剤による脱毛はウィッグ(カツラ)や帽子などで隠すか、抗がん剤を中止して再度髪が生えてくるのを待つ、といった対処法しか選択肢がありませんでした。

 

木元 貴祥
今回ご紹介するPaxman Scalp Coolingシステム/キャップは脱毛の予防に使用する初の医療機器です!

 

Paxman Scalp Coolingシステム/キャップの概要と作用機序

Paxman Scalp Coolingシステム/キャップは以下のような外観をしている医療機器です。

Paxman Scalp Coolingシステム/キャップの外観とイメージ図

 

抗がん剤投与前に装着してPaxman Scalp Coolingシステムで冷却された液体物質(“クーラント”と呼ばれます)を一定速度でキャップ内のチューブに流し込むことで頭皮全体を冷却することができます。

 

頭皮冷却によって毛細血管が収縮する結果、抗がん剤が毛髪に届きにくくなります。

また、抗がん剤は代謝が活性な細胞を障害する特徴がありますが、冷却によって毛母細胞の代謝が低下することで抗がん剤の細胞分裂阻害作用が減弱すると考えられています。

Paxman Scalp Coolingシステム/キャップの作用機序

 

木元 貴祥
頭皮冷却によって抗がん剤が届きにくくなり、かつ抗がん剤の影響が減弱されることで脱毛の予防ができると考えられますね!

 

エビデンス紹介:乳がん患者さんを対象とした国内試験(HOPE試験)

根拠となった国内試験(HOPE試験)を一つご紹介します。1)

本試験は抗悪性腫瘍剤投与を予定しているステージⅠ/Ⅱ期の女性乳がん患者を対象に、Paxman Scalp Coolingシステム使用群と無処置群を比較した非盲検群間比較試験です。

 

主要評価項目は「薬物療法第4クール投与3週後の非脱毛*の割合」とされ、結果は以下の通りでした。

試験群 Paxman Scalp Cooling
システム使用群
無処置群
非脱毛*の割合 26.7% 0%
p=0.011

*非脱毛の定義:独立判定医師2名による盲検下でのCTCAEv4.0 に基づく Grade 0 又は 1 の割合

 

Paxman Scalp Coolingシステム使用群では有意に非脱毛の割合が高いことが示されていますね。

 

木元 貴祥
しかし、脱毛を完全に防げるわけではなく、本品を使用しても7割の患者さんでは何らかの脱毛が生じてしまっています。

 

副作用

主な副作用として、ストラップ締め付けによる顎痛(75%)、頭皮冷却に伴う寒気による不快感(68.8%)・頭痛(71.9%)・額痛(40.6%)・浮動性めまい(40.6%)・悪心(43.8%)などが報告されています。1)

 

木元 貴祥
ストラップの締め付けすぎには注意が必要そうですね・・・。

 

使用方法

抗がん剤(抗悪性腫瘍剤)の投与開始30分前から冷却を始め、投与中及び投与終了後90分以上まで冷却します。

 

投与の前から投与完了後も暫く装着しっぱなしですね。待ち時間等が少し伸びてしまう印象でしょうか。

 

まとめ・あとがき

Paxman Scalp Coolingの特徴

  • 国内初の抗がん剤による脱毛予防に使用できる医療機器
  • 頭皮冷却によって抗がん剤が毛髪に届きにくくする
  • 毛母細胞の代謝が低下することで抗がん剤の細胞分裂阻害作用が減弱する
  • 抗がん剤の投与前30分から投与終了後90分まで装着する

 

ちなみに疼痛緩和を目的とした同じ製品は「PAXMAN 頭部冷却装置」として既に承認・販売されていますが、1台で1個のキャップとしか接続できませんでした。(脱毛予防には使用できない)

今回ご紹介したPaxman Scalp Coolingシステム/キャップは脱毛予防の適応と共に、1台で2個のキャップと接続可能です。さらにキャップは次世代モデルとのことです。

 

木元 貴祥
抗がん剤の副作用としての脱毛は患者さんのQOLや治療意欲低下にも繋がりますので、Paxman Scalp Coolingシステム/キャップによって少しでも予防可能になれば良いなと思います。

 

以上、今回は国内初の抗がん剤の脱毛予防としての頭皮冷却システムであるPaxman Scalp Coolingシステム/キャップの特徴や作用機序についてご紹介しました!

 

引用資料・論文等

  1. Paxman Scalp Coolingシステム/キャップ 審査報告書
  2. Mol Clin Oncol. 2013 Nov;1(6):1065-1071.

 

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  • この記事を書いた人

木元 貴祥

株式会社PASS MED(パスメド)代表

【保有資格】薬剤師、FP、他
【経歴】大阪薬科大学卒業後、外資系製薬会社「日本イーライリリー」のMR職、薬剤師国家試験対策予備校「薬学ゼミナール」の講師、保険調剤薬局の薬剤師を経て現在に至る。

今でも現場で働く現役バリバリの薬剤師で、薬のことを「分かりやすく」伝えることを専門にしています。

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